chapter6
家に戻ると、先ほどまでの非日常が嘘だったかのように、かりそめの日常が再開される。
顔を洗い、朝食を食べ、ハミガキをする。
制服を着て、家を出る。
そしてそこには葉月が笑顔で待っていて、僕たちは学校へと歩を進める。
たったそれだけのことなのに、僕にとってとても大切なことのように思えた。
「ねぇねぇゆうちゃん」
葉月がいつもどうり話かけてくる。
僕らは他愛もない世間話をしていた。
今度のテストのこと、今朝のニュース(この話題は葉月が一方的に話すだけだが)、学校のこと。
せめてこの瞬間だけでも、平和であって欲しいと願いながら。
放課後になり、大石さんに会いに行こうと思ったものの連絡先などが全くわからなかったので、とりあえず琴葉さんに会いに行こうと思った。
よって、今日も弘と一緒に帰宅することになる。
一般人である弘には、あまり関わって欲しくない問題ではあるが……琴葉さんのところに連れて行ってくれるぐらいなら問題ないだろう。
「そういえば校門が壊れてたような……」
帰り道、弘はポツリと言った。
「ん?」
僕は隣を歩いていた弘を見上げた。
僕よりいくらか背の高い弘は、自然、僕を見下ろす恰好になる。
「いや、さ。校門が壊れてるのになんにも問題になってないっておかしいよなーって」
「いやおかしくないよ」
自分としてはかなりうれしかった。
リリスの超常的な力が働いたのかそれとも大石さんがなんとかしてくれたのかそれとも琴葉さんの仕業なのか……ともかく校門が壊れているにも関わらず学校側は問題にもしなかった。
「そうかなあ……」
「そうだよ、たぶん、きっと」
それっきり、弘は考え込んでしまった。
僕も商店街の中を歩きながら、一人考える。
リリスが去る直前に言った言葉。
僕がリリスと契約して得た力は、未だ不完全な状態であるということ。
家に帰ってからもずっと気になっていた。
ようするに、校門を破壊するほどの怪力はまだ序の口だってこと。
もし自分が覚醒してしまったら、人ではなくなっているかもしれない――本能的に悟った。
商店街を抜けると、閑静な住宅街へと続く。
高田家はもうすぐそこだ。
「あ、そういえば今日は琴葉姉さんになんの用?」
弘は今思い出したという風に聞いてきた。いや、今思い出したのは間違いないんだろうけれども。
「いや、こないだお前寝ちゃってたときに大石さんといろいろあってね……。大石さんの居場所を聞きに来たんだ」
「へぇ、いろいろって何があったんだ?」
弘は目を輝かせている。そんなに大石さんと何かあって欲しいのか。
「いや、ただ単に話しているうちに意気投合しただけ。連絡先とか聞くの忘れたからさ」
「あぁ、なるほど」
口が裂けても大石さんらともめたとは言ってはいけない気がしたので、その辺は嘘をつくことにした。嘘も方便というやつだ。
そうこうしているうちに、高田家の前についた。
来るたびに思うことだが、本当にいい家だと思う。
「ただいま〜」
弘が玄関の鍵を開けて中に入ったので、僕は後に続いた。
「おじゃましまーす」
「あ、先に俺の部屋行ってて。なんか菓子でも持ってく」
「あぁ、わりぃ」
僕は階段を上って弘の部屋に入る。
がちゃ。
「こんにちはぁ」
琴葉さんの声がした。
「何してるんすかこんなとこで」
その声の持ち主は弘のベッドの上に座っていた。
「仮にも弟の部屋なんですから、プライバシーとかそういうのも守ってあげてくださいよ」
「えへへ〜」
琴葉さんは「参った」という風に舌をちょこっとだしながら頭を掻いた。そんな姿を見ていると、なんていうか自分より年上だとは思えない。まったく困ったお方だ。
「で。待っていたとはどういうことです?」
「君にあげるものがあるの」
持っていた封筒を僕に差し出す。
「これは……」
「零の連絡先とか書いてあるよ」
あぁ、そういえば琴葉さんは全てお見通しなんだ。僕が大石さんの連絡先を知りたいっていうことも知っていたに違いない。
「知ってたんですか」
「知ってたっていうよりも、むしろ視えちゃうって感じだから。つまり、こうしている間も何もかも全ての情報が頭の中に入ってくる」
「大変ですね」
「大変だよぉ?」
それでも、琴葉さんは笑っている。
「悪いなかなか菓子が見つからなくて待たせたな……ってなんで姉さんがここに!?」
弘はスナック菓子の袋を持って部屋に入ってきた。
「あぁ、弘。もう用は済んだから帰るよ」
僕は弘に謝ると、ポカンと見送る弘の視線を背に部屋を出た。
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