chapter5


 ぼんやりとした意識がようやくはっきりとしてきた。
「貴方は私との契約により、力を得ました」
 よかったですね、とリリスは微笑む。
 僕は、何が起きたのか全く理解できなかった。身体がとても熱を持っていて、だるい。
「ま、がんばってくださいね」
 リリスはくるりと僕に背を向けると、闇に溶け込んでいった。

 僕は、まるで何かに導かれるように学校へと向かっていた。
 何故なのだろう。よくわからない。
 本能だけで生きている野生の動物にでもなってしまったかのようだ。
 両腕が他の体の部分に比べてかなり熱い。
 あまりの熱さにだらだらと汗が落ちてくる。
 僕はジャンパーとTシャツをまくると、ぼやける目で腕の付け根を見た。
 刺青のような、紋様が浮かび上がっている。
「何なんだ……?これ」
 僕は強くこすってみた。油性のマジックペンで書いたかのように消えない。
 僕はこするのをあきらめ、学校へと歩を進める。
 ほどなくして、学校の正門に着く。無論、門は開いていない。
――どうするかな……。
 門を開けようとがたがた軽く揺らしてみるがびくともしないので、その門の上部に手をかけた。
「んっしょ」
 そのまま身体を持ち上げる。
 身体は門を越え、手を離すと幾秒もかからずに着地……のはずだったが。
 バランスを崩して背中から地面に落下。しかし不思議なことに全く痛みはなかった。
 僕は立ち上がりながら越えようとした門を振り返った。
 言葉が出なかった。
 門はぐしゃぐしゃに破壊されていたのだ。
「おいおいおいおい」
――力ってこのこと?
 つまり、リリスから与えられた≪力≫がこれだと仮定すると。
 門を越えようとした瞬間、自分の全体重が門にかかる。その上、≪力≫によって増幅された握力によって門がぐしゃぐしゃ。
――ざっとこんなところか?
 おそらくこの見解は間違っていないと思われる。あまり自信がないが。
 仕方がない。明日学校で緊急の朝会とかそういうのが開かれるだろうが全く気にしないことにしよう。そもそも、目撃者がいないと思うので、足がつくこともないだろう。たぶん。
――それにしても。
 本当に≪力≫を手に入れてしまったようだった。
 リリスという自称悪魔の少女はもはや自称などではなく……まぎれもない悪魔だったわけだ。
「だから言ったでしょう? 見た目が子供だからって甘くみるからですよ?」
――あぁ、さよなら昨日までの平凡な僕。
 葉月の姿をしたリリスがいつの間にか目の前に立っていた。
「誤解がないように言っておきますが、貴方が力を得たと言っても私があなたに力を与えたわけではなく、あなたがもともと持っている力を発現させるのを少し手伝っただけです」
 これで晴れて僕も統合異端審問局の一員ですか。
「まぁ、力が完全に発現するにはもう少し時間がかかるかもしれませんがね。まだあなたは不完全な状態です」
「あのさ、どうでもいいけど僕、これからどうなっちゃうの」
「え? 知りませんよ」
 リリスは小首を傾げた。
「そんなん自分で考えたらいいじゃないですか? あなたが勝手に力が欲しいって願っただけですよ」
「本人はそんな自覚がないんだけど……」
 僕は嘆息した。本人が自覚がないっていうのに、無理矢理契約させて危険な目に合わせようとして、後は自分で考えろって何か話がおかしいような気がする。しかも、両腕には消えないタトゥーのような物もある。温泉に入れないじゃないか。
「でも、一つだけ私にも言えることがあります」
 リリスの一声によって、僕の負の思考は遮られた。
「今、世界の危機にさらされているというのは本当です。それに、葉月ちゃんが深く関わっているということもまた事実」
――なん、だって?
「あなたが私と出会い、力を得た。これから貴方がどう行動するかによって、世界が破滅するか否かが変わってきます。これからは慎重に行動する方がいいでしょうね」
 唖然とする僕をよそに、リリスはにこっと微笑む。
「本来、悪魔は地球の存亡に関しては単なる傍観者に過ぎないんですよ? これだけ親切な悪魔は他にいませんよ、感謝してくださいね〜」
 リリスは、いつの間にか消えていた。
「ま、なんかありましたら相談にでも乗ってあげますよ〜」
 頭の中で、リリスの声が響く。
 気づいたらもう朝になっていた。
 オレンジ色に染まっている空の下、僕は家に向かって帰ろうとして、少し立ち止まった。
――もう一度、大石さんに会いに行こう。


chapter4へ
chapter6へ

Top / Novel / Bbs / Mail / My Own Destruction