chapter4


 眠れない夜。
 まるで、全ての存在がかき消されてしまうような闇の中で、僕は深い深いため息をついた。
 琴葉さんと大石さんのことだった。
 気にならないと言えば嘘になる。が、しかし……。
――父親とは関わりあいたくない。
 それだけは絶対な気持ちだった。
 しかし、琴葉さんと大石さん――統合異端審問局の人たちと葉月の関係はなんだったんだろう。
――まさか、葉月が連続冷凍墜落死事件の犯人とか……
 一瞬そんなことを思ったが、すぐに頭の中で打ち消した。琴葉さんは、巨人の仕業だって言ってたし。
 それにしても大石さんが僕に写真を見せた、その一連の行為は、よくテレビドラマでみる刑事のようだった。

「はぁぁ」
 僕は再びため息をついた。
 今何時なんだろう――ふと気になり、時計を見た。
 うっすらと視えるもやの奥に、無機質に光るデジタルの数字。
 午前三時を過ぎている。
 どうしたものだろう。気晴らしに外でも歩いてみようか。
 外はまだ寒いだろう。僕はベッドから起きると、ジャンパーを片手に部屋を出た。

 夜の街を徘徊する。
 誰も通っていない道を、僕だけが歩いている。
 シン、とした冷たい空気がジャンパーを来ている僕の身体を遠慮なく串刺しにしていた。
 白くうすいもやも、相変わらず視えている。
 小さく、息を吐いた。白い。
 僕の白い吐息も、僕にしか視えない白いもやにすぐに溶け込んでいく。
 幻想世界。
 僕にしか視えないこの世界は、こんな言葉がよく似合うと思った。
――それにしてもこの白いもやは何なんだろう。幽霊とかそういう類のものじゃないとは思うけど……。
「幽霊ではないですよ」
 不意に、後ろから声がした。
 ふり向くと、真っ白な肌と対照的な、フリルがいっぱいついた黒い服――ええと、なんていうんだっけ――とりあえずそれを着た女の子がいて、僕にむかって微笑んでいる。金髪碧眼で、どう見ても日本人じゃないことは確かだ。
「ごめんなさい。私はリリス。いちおー悪魔やってます」
「……」
「もしもーし? 聞いてますかぁ」
 そのリリスとかいう女の子は、僕に対しだいじょぶですかぁ、と手をパタパタさせている。
――ああ、そうとも聞いてますよ聞いていますとも。それよりこんな嘘つくとはずいぶんと洒落たガキじゃないの、え?
「ガキじゃないですよう、これでもあなたより年上なんですから」
――……。琴葉さんの差し金かな?
「違いますよう。統合異端審問局の奴らとはまた別なのです。本当に悪魔なんですから」
「あの、リリスちゃん?」
 僕は相手を怖がらせないようにできるだけ優しい顔をした。とはいえ、元から女顔の僕は怖い顔をしても「かーわーいー」としか言われないのだからあんまり意味がないといえばそう言えないこともない。
「良い子はもう寝る時間だよ? さ、お家に帰ろ?」
 すると、リリスはぷうと頬を膨らませた。
「だから、子供じゃないっていってるじゃないですかー!」
「迷子かな? お母さんどこ?」
 リリスは頭からまるで湯気を立てる勢いで顔を真っ赤にしている。いや、よく見ると頭から本当に湯気が出ている。
 ご立腹のようだ。
「じゃあ仕方ないです。目を閉じて、女の子を想像してみてください」
 僕は訝しげに思いながらも、言われた通りにしてみる。
「いいですよ、目を開けても」
 程なくして、リリスの声がした。
 僕は目を疑った。
 そこには、学校の制服を着た葉月の姿があった。
「どうですか? 信じてくれましたか?」
 声はリリスそのままだった。目も碧眼のまま。しかし髪の色や長さなどは……葉月だった。
 ここまでされて、信じないわけにもいかないだろう。
「貴方の強い念を感じたんです。力が欲しいという」
――別に僕はそう思ってたつもりはないんだけどなあ。
「その人の本当の願いっていうのは無意識に願うものなんです。自覚がないのは無理もありませんよ」
 碧眼でリリスの声をしたの葉月は淡々と告げる。
「力が――欲しいですか? 私が力を与える代わりに、貴方の命をもらいましょう。心配することはありません。ちょっと寿命が縮むだけです」
――命が縮むのってけっこうデカいと思うんだけど……。
 とかツッコみながらも、けっこう焦っている自分がいる。
 僕は、リリスの目を見た。
 いや、目が勝手に動いた。
 やばい、と思って目をそらそうとするが目の位置はがっちりと固定されたまま。
「力が欲しいですか?」
 リリスの目が血のようなどす黒い赤に変わっている。
 意識がぼうっとした。
「力が欲しいですか?」
 気づいた時には、うなづいてしまっていた。

 唇が、軽く重なったような気がした。


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