chapter3
「私は預言師。過去、現在、未来。地球、地球以外――つまり全宇宙・全時代の全ての出来事を知っているの」
琴葉さんは事も無げに語り出したが――僕は彼女が言っていることをうまく飲み込めず、突っ立ったままだった。
「なぜなら私はアカシックレコードと言われる巨大な霊的データバンクを閲覧する眼――千里眼を持っているから。正確に言うと、前預言師の角膜を私の眼に移植したんだけど」
「すいません、それって僕にあんまり関係ないことじゃ――」
「黙って聞けよ。琴葉は無駄な事はしないんだ。職業柄」
僕が辛うじて話すと、隣にいた大石さんが遮った。
――そういえば、弘何にも喋ってないような気が……
と思い周りを見回してみると、弘が床にだらしなく寝転がっていた。
「ああ、弘はちょっと零に頼んで眠らせててもらったよ。あまり関係ない人には聞かれたくないんだ」
琴葉さんがまるで人の心を見透かしたように言う。
「ごめん。人の心も視えちゃうの。千里眼のせいで」
……。何かそれはそれで緊張する。下手なこと考えられない。
「あんまり気にしないで?」
琴葉さんが僕が思ったことに的確に答える。どうやら本当にこの人はその”預言者”なのかもしれない。
「で。ここにいる大石零と私は、世界にたくさん支局がある、統合異端審問局日本支局の構成員なの。もちろん組織は公表されていない。ちなみに、組織の総代表は君のお父さん」
――親父、だって?
「ね? これで君も無関係じゃないでしょ?」
確かにこれでは単なる傍観者ではないようだ。
「統合異端審問局は、この世のものではないもの――んーと、幽霊とかお化けとかそういうのがわかりやすい例ね。それらを簡単に言えば退治する組織」
「各支部に預言師は一人ずつ……。それだけ稀有な存在だ。まあ、地球の創造から世界の破滅、宇宙の真理までを視ることができる人が何人もいたらそりゃ大変なことになるだろうが」
琴葉さんの話を大石さんが受け継いだ。
「統合異端審問局は“魔法師”と呼ばれる異能力者によって組織されている」
それにしても、本当に現実にあるような話には思えなかった。まるで、ゲームや小説から飛び出してきたみたいな話だ。
「私は魔術師。よく魔法使いと言うと真っ先に思い浮かべるだろう職業だろう。ややこしくなるが魔法と魔術は違う。魔法は異能力全体を指す」
そこで、大石さんはふっと笑った。
「世界はやっぱり広いようにみえるだろう? しかしな、実際は『木』『火』『土』『金』『水』の五大元素に加え、『時』を加えた”世界六素”でできているんだ。それを操るのが魔術師。他にも錬金術師とか巫とかかなりありきたりだが超能力者なんてもんがいるが――今度の件で応援を頼んでいるから、会ったときにでも紹介しよう」
「今度の件、ですか。それがきっと僕に関係あるのでしょう?」
僕はなぜ自分にそれまでの話をしていたのか、ようやく気がついた。とはいえ、具体的にどう僕に関係あるのかはわからないが。
「今度の件は、とてつもなく巨大な敵なの。君も弘から聞いたとは思うけど、最初の敵は連続冷凍墜落死事件の犯人」
「メガトラマン級の巨人とかいう話ですが」
「そう。大きさもそうだけど、規模が半端ない。宇宙規模なの。すごい端折るけど――地球をもともと支配していた神々が永い眠りからついに目を覚ました。そして、現支配者である人間を滅ぼしに来た」
そこで琴葉さんはいったん言葉を区切った。
「神といっても、知能は人間以下。本能で生きているから、人間を滅ぼすというよりもめんどくさいから地球、世界を滅ぼすという結論に至った」
「その卑しい神々は根源十二神と呼ばれ、小さな教団や民族が崇拝している。過去には根源十二神を含む旧支配者や地球外の神々について書き記そうとし、発狂した者までいるんだ。で」
大石さんはポケットから一人の女の子の写真を取り出し、僕の前に見せてきた。
「誰だかわかるか?」
「いや、わかるかってそれ……」
――佐藤葉月。
「そっか、佐藤葉月ちゃんか。一応顔見知りだね」
琴葉さんは僕の心を読んだようだった。
「そうです。僕の幼馴染みですが……何か?」
「いや。特に意味はない」
大石さんはゴホンと一つ、咳払いをした。
「お前には、魔法師としての素質がある。霊視もできるようだし。どうだ? 私の弟子にならないか?」
唖然とした。
この人、何を言っているんだ? さっきから何分もかけて話してきたことを聞かされれば、当然答えは一つだろう?
「お断りします。そんな命に関わる危険な仕事、できるわけないじゃないですか」
「そうか、それならもう君に用はないんだ。まあ、君の父上の願いでもあったんだがな」
――父上って……
「親父は関係ない!!」
激昂した。
自分でも驚いていた。
興奮する自分の内側で、嫌に冷静に興奮する自分を観察しているもう一人の自分がいるようだ。
「あいつに今更父親面されたって……!」
琴葉さんも、大石さんも、黙って僕を見ている。
雰囲気が滅茶苦茶にぶっ壊れたその部屋から今すぐ逃げ出したくて。
僕は、荷物をとってドアを開けた。
一瞬、躊躇する。後悔しないだろうか。
――後悔など……しない。
僕は部屋を出て、乱暴にドアを閉めた。
扉の閉まる大きく乾いた音が、僕の心にかすかだがねっとりと絡みつくように響いた。
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