chapter2


 放課後になると、大抵の生徒は部活動をするべくそれぞれの活動場所へ赴く。それ以外の生徒――つまり何の部活にも所属していない帰宅部――は、すぐ帰宅したり、適当に暇を潰したり、別館の図書館や自分たちの教室に残って宿題をしたりする。
 僕は部活動になど別段興味があるわけではなく、また、入りたい部活があるわけでもないので、そんな帰宅部の一員だった。運動神経抜群の弘もまた、帰宅部である。過去に、なぜ弘が帰宅部であるのか理解に苦しんだ時があり、一度直接訊ねてみたことがあるのだが、
「あ? 部活? めんどくせー」
 僕と同じ理由だったらしい。
 ちなみに葉月は陸上部でがんばっている。けっこう帰りが遅いらしいから、帰宅部の僕たちと帰りが一緒になることはまずない。
 そんなわけで中学校からの帰宅部仲間である僕と弘は、今日もまた、放課後の教室で暇を潰している。
「で、なんだよ話って」
「あぁ、もうちょっと待ってくれや。ちょっとデリケートな話だから、もうちょい人いなくなってからにしようぜ。何せ……」
 いったん話を区切り、人指し指でクイクイと顔を寄せろと合図し、
「琴葉姉さんの話だから」
「そっか」
 僕は納得した。
 高田琴葉さんは弘の姉で、自称探偵。いろんな事件を嗅ぎまわっていていろんな人に情報を売っているという話を弘から聞いているので、情報屋じゃないかなーなんて思い、弘に話してみると、
「それさ、俺も言ったんだけどめちゃめちゃ怒ったからさ、琴葉姉さんの前では喋んないほうがいいぜ」
 琴葉さんは、何がなんでも探偵でありたいらしい。とはいえ、探偵と強く言っていても情報屋であることを僕や弘が知っている時点で、職業的に終わっている気がしないでもないが、まあいいだろう。たぶん。
 放課後の教室の人口密度は、徐々に小さくなっていく。
 午後四時五十一分。
 まだ夕陽は窓から差し込んでいない。
 そろそろ残っているのが僕と弘だけになってきた時、弘がようやく口を開いた。
「さて。知ってるか? 連続冷凍墜落死事件」
「あぁ……朝も言ったと思うけど、知らない」
「そうか……じゃ、まずそっから説明しなきゃな」

 弘の話をまとめると、こういうことになる。
 死人は全員ビルからの転落。現場は全員別々のビルだったため、別々の自殺事件として片付けられている。
 しかし、ウワサによると落ちた人間は全て凍っていたらしい。
 これが本当ならば、警察は目を瞑ってしまっていたことになる。
 仲間の情報屋から調査を依頼された琴葉さんは、ひそかに調査を始めた。
 で、調査結果なのだが……

「お前、僕をからかってる?」
「いや、マジだ。マジらしい。だってお前、琴葉姉さんが教えてくれることに間違いがあったことあるか?」
 でも、その琴葉さんとやらの調査結果を聞いたらたぶん誰でも僕と同じ反応をするだろう。ていうか調査内容とか漏らしていいのかよ。
「何がなんでもねえ、犯人が巨人って何だよ巨人って。メガトラマンじゃあるまいし」
 メガトラマンというのは、宇宙からやって来た正義の巨大ヒーローだ。無論、実在するわけでもなく単なるテレビの中の話だ。
「メガトラマンって……そういえばお前今もファンだったよな? メガトラマンの」
 弘が可哀想な人を見る目で僕を見つめた。
「なっ……」
 僕はちょっと焦った。別に僕はそんなファンじゃ……
「ちょ、話題変えないでよ! 僕は」
「焦ると女っぽくなる癖、いまだに変わらんのな」
 かぁぁっ。自分でも自分の顔が赤くなっているのがわかる。僕は、昔から女の子と間違えられる事がよくあった。特に、焦ったり緊張したりして顔が赤くなるとそれはもう立派な女の子らしい。不思議なことに、赤面すると女の子という話を友人から聞いてからというもの、赤面状態になると口調までもが女の子っぽくなってしまうようになった。嗚呼恥ずかしい。ぐは。
「でもさ、犯人の手がかりって巨人しかわからないんでしょ?」
「まぁ、確かにな。冷凍して落とすってのと巨人ってのがどうしてもひっかかるんだよな」
「で、琴葉さんに聞いたの?」
「ああ」
「で?」
「風を運ぶもの、とか。姿を見ると消されるとか」
「はぁ?」
 僕はいい加減呆れてしまった。
――ちょっとアレな所ある琴葉さんでもこんなこと言わないだろう。やっぱり弘は僕をからかってるのか……?
 と思い弘を見ると、真剣な顔つきで僕をじっと見ていた。
「で、ここからが本題なんだが」
 弘はコホン、とひとつ咳払いをした。
「お前、幽霊とかよくわからない物が視えるんだったよな?」
 僕は、コレまでの口調と打って変わって真剣になった弘の口調に気圧されながらも、答えた。弘は、僕のその能力のことを知っていたようだ。おそらく琴葉さん経由で。
「あ、ああ」
「力を、貸してくれ。姉さんが危ないんだ」


 僕は、弘がいったい何を言っているのか理解できなかった。
 巷で話題の連続冷凍墜落死事件。その犯人がまるで子供向けの特撮番組のような巨人。その上、琴葉さんの身が危ないって……。
 ちらりと弘の顔を見た。いつになく真剣な表情だった。
――こいつが嘘をついているとは思えないけど……。
 おおよそ、信じられない話だった。
「具体的にどう危ないんだ? 琴葉さん」
「具体的も何も、俺は連続冷凍墜落死事件の話を昨日の夜聞いたんだ。姉さんから。その、俺に全てを喋った直後、何喋っても反応しなくなったんだ。体とか、揺さぶっても全然。瞬きすらもしない。まるで凍ったように」
 まるで、凍ったように……。
「とりあえず父さんに診てもらったけど……なんにも異常ないし」
 ああ、そういえば弘の父親は医者だったっけ。
「でもさ、僕が人間外のものが視えるといっても、その辺に浮遊してある白いもやみたいなもんだぜ? どう考えたって悪霊とかそういうのには見えな」
「それでもいい。誰の手でも借りたいんだ。頼む」
 弘は、僕の言葉を遮ると両手を目の前で合わせて”頼む”というポーズをとって頭を下げた。
 僕はしばし考えた。琴葉さんを助けるといっても、本当に僕なんかが役に立つのだろうか。
 しかし、弘は本当に真剣だった。それに、過去にいろいろとお世話になったこともある琴葉さんを見殺しにするわけにはいかない。
「いいよ。わかった。で、僕はどうすればいい?」
 弘は頭を上げた。
「本当か? ありがとう。……じゃあ、さっそく家に来てくれないか? まずは姉さんの様子を見てもらいたい」
 僕は、コクンとうなずいた。

 弘の姉である高田琴葉さんは弘より七歳年上で、今年で二十三歳になる。
 なかなか不思議な性格をしているがいい人で、僕が弘の親友になったときから勉強とか悩み相談とかいろいろな面で僕を支えてくれた。
 そんな琴葉さんが、ベッドの上で瞬きもせずに目を見開いたまま仰向けになっている。
 栗色の髪が、枕の上で広がっていた。
「ずっと、このまんまなの?」
僕は弘に訊ねた。
「ああ。昨日の晩から全く」
 全く動かない琴葉さんは、精巧な人形のように綺麗だった。もともと、彼女は近寄りがたい雰囲気の美貌の持ち主であったが、こうして動かないでいると本当に人形にでもなってしまったようである。
 色白い肌が、まるで生気を失っているかのような印象をもたらしていた。
 これだけの美貌の持ち主であるが故に、口さえ開かなければなーとよく残念に思ったものである。
「何か視えるか?」
 弘が僕に聞いてくる。僕はかぶりを振った。
「いや、全く。普通だ。特に異常はないぞ」
 実際、その辺の人と全く変わっていなかった。数も似たり寄ったり。色とかもちろん変わっているわけじゃなく、僕はやっぱり自分は役に立てなかったと落胆した。
 その時だった。
「はっはっは。全く無駄だよ。霊視したとこでなぁんにも変わらんよ」
 後ろから、ハスキーな声をした女の人の声がした。
「誰ですかあなたは」
 僕は後ろを振り向くととっさに答えた。
「おっと失礼。私は大石零。一応彼女の友人だ」
 腰までの長い髪をしたその人に、僕は疑いの目を向けた。しかし、それに気がついた弘は僕に言う。
「大丈夫、彼女は俺が頼んで来てもらったんだ」
 僕はそれを聞くと、ちょっと安心したがなぜ霊視――大石さんとやらの言動からすると、僕が白いもやを視る行為は霊視というらしい――をしても意味がないのか気になった。
「どういうことです? 霊視しても意味がないって」
「はぁ? だって琴葉は特に異常もない健康体だし、っていうかもしかしてお前ら琴葉死んでるとか思ったわけ?」
 大石さんは事も無げに言った。
「あーはっはっはっ、こりゃ傑作だよ〜。ほら、琴葉さっさと起きなよ」
「うん? あ、おはよ〜」
 その声がした時、僕と弘は同時にベッドの方を向いた。
――おいおい。まさか、弘騙したのか?
 僕はそんな目で弘を見たが、弘も相当驚いていたから多分嘘はついていないだろうと思った。
「弘から聞いた話だともうこりゃ生きてるなってわかったよ。琴葉さ、なんか故意にフリーズするの得意なんだよ」
「得意ってほどじゃないよぉ〜」
 ベッドの上に座りえへへ、と頭を掻く琴葉さん。大石さんはさらに続けた。
「ちなみに、フリーズしてる時は何言っても無駄だからさ。っていうか、もしかして家族の前で一回もしてないの? 琴葉」
「うん? まあね。いざという時にとっておいたんだよ。ほら、こういう冗談ってあんまりやると信じてもらえなくなるでしょ? 狼少年みたいに」
「ほう? さすが預言師」
「それほどでもないよ、魔術師」
「ちょっと琴葉姉さんひどいよ〜。俺もそうだけど、母さん父さんなんてめちゃくちゃ心配したんだぜ?」
 ようやく状況が飲み込めたらしい弘は、琴葉さんに向かってそう言った。
 全体の空気が和らいでゆく。さっきまでの部屋の空気とはえらい違いだった。
「祐一君」
 しばらく続いていた他愛もない会話を断ち切ったのは、他ならぬ琴葉さんだった。
「何ですか? 琴葉さん」
 弘と大石さんの視線が痛い。
「さっき、言ったよね? いざという時にしかフリーズしないって」
「は、はい」
「今日さ、君の人生で超超超超超最悪な超絶厄日になるよ」
 そして琴葉さんはその美しい顔で愛らしく笑う。
「ごめんね」


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